さよならぷりま2
コラム: 船長が愛艇を手放すとき

愛艇を手放す時に、多くのキャプテンは一体なにを考えるのだろう。何故手放すのか。その答えを自分で探すことは、時にはとてもつらい。

乗り換えの理由は基本的にはふたつしかない。それは、フネを大きくしたいから等の「前向きな乗り換え」、そしてフネをやめる等の「後ろ向きな乗換え(もしくは陸にあがる)」だ。ぷりま2との別れは、この「後ろ向き」、まさに自分自身への覚悟だった。

ぷりま2に「恋」をした日のことを昨日のことのように覚えている。このフネに出会った日、契約した日、艤装のため毎週マリーナへ通った日、そしてやっと進水式、はじめてアンカーを打った日、一緒に釣った魚、幾多のクルージングをした思い出、修理代の請求書に愕然としたこと、泣いたり笑ったり...。多くの思い出があふれてくる....。

 
 
でも ぷりま2を所有したその日から、維持できなくなる日のカウントダウンは始まっていた。そのこともずっとわかっていた。経済的な限界を痛感しながらのフネの維持。仕事がうまく行かなくなってもフネを辞めない自分はバカなのかと、悩んだり...。
それはちょうど、かかとをあげてする「背伸び」に似ている。つまり、背伸びを1分もやっていたら疲れるのと同じで、ぐっ、と伸びて、うーんとこらえても、長くは続かない。いつしか元に戻ってしまう。


ぷりま2 が あんまり好きだったので、このフネとの別れを自分のボートライフの終りにするつもりでいた。それでいいし、悔いはないと。「ぷりま2のあとにぷりまなし」。ほんとに楽しいボートライフだったから。ほんとにそういうつもりで、この冬も、精一杯のメンテナンスした。そう、あと1年、最大あと2年で 陸に上がる決心を持って。


しかしこの決心は、ひとりの海の先輩キャプテンのひと言で 大きく変わり、私は救われる。

「やめるのは、いつでもできるからさ」

先輩は言った。やめることを前提にして遊ぶなんてもったいない。もっと前向きに楽しもうよ。携帯電話越しの何気ない、でもあたたかい言葉に、わたしはショックで打たれていた。そして 忘れかけていたボートあそびの原点の気持ちを思い出した。そうだ。自分のスタイルでやればいいんだ。

「ぷりま2を、乗り換えよう」

わたしは、ボートを続けるために ぷりま2 を乗り換える決心をしたのだった。

   
それからしばらくしたある深夜の浦安で、私は、ぷりま2 と 遅くまで飲んだ。フネだって話し相手になることを、船長はみんな知っている。
私は「別れ話」をした。素直に、話したかった。

ぷりま2と「語り明かした」一夜 は、忘れることができない。それは最愛の恋人との別れだった。彼女(ぷりま)は私の話を黙って聞いていた。そしてすべて話し終わるころ、笑顔で「ありがとう」と言ってくれた(ように感じた)。ぷりまはこう言った(と思う)。自分からは言い出せなかったけど、船長の私が経済的に苦労しているのを見ていて忍びなかったと。そんな自分を早く手放して、もっと楽しいボートライフをしてほしい、と。私は少しだけ泣いた。

夜中に、懐中電灯で、ぷりま2のキャビンに取付けられていたバロメータ(湿度計)を取り外す。これをぷりまの「魂」として、まだ見ぬ新しいフネに付けようと誓った。


翌朝、ぷりま2 は、売られるために横浜に出航していった。
見送る私に映った愛艇の最後の後ろ姿は、もう「ぷりま2」 の面影ではなく、一艇の売りに出されるボートとして見えたことが、なんだか救いだった。

さようなら ぷりま2。
本当にありがとう。
そして私はまだ フネを辞めていない。

 

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